05. May 2018
6月30日、梅雨明け(予定の)喜界島で、喜界島の音楽文化を、特に「創造」というテーマで特集することになった。未だ、音楽文化の全貌が明らかになっていないからという理由で、奄美島唄研究の大御所、小川学夫先生(鹿児島純心女子短大名誉教授)から強く勧められたという理由だけで飛び込んだ喜界島。あれから約1年3ヶ月の間に7回現地調査を行った。複数の集落で音楽と踊りが溢れる日常があり、創造的なミュージシャンたちに毎晩出会える島唯一のライヴハウスでは、夜中2時まで食事ができる。彼らの多くは昼間、それぞれの職を持っていて夕方以降に調査するので、私たち研究チームの夜は長い(写真は喜界の歌姫と言われている川畑さおり氏。6/30に新曲初演して頂く。昼は役場職員として業務に励む)。  去る1月末から2週間、初めてひとりで滞在した。免許を持っていないので自転車を利用したが、暴風雨の季節で、この島が平たいことを全身で感じた日々だった。しかし疲れない。生活圏が、自転車で5分くらいの移動距離で済む。だから19時間x15日間活動し続けたのに元気に過ごせたのだろう。 6/30は、喜界島発祥の多彩な音楽を紹介する(続く)
21. February 2018
種子島、特に唄の名人によって伝承されているのが南種子町との話を伺ったので、ロケット発射場まで目と鼻の先の広田遺跡ミュージアムで、南種子町の名人の方々に初面会、厳しい継承の現状についてお話を伺い、その後に80代と60代の名人の方に歌い踊って頂いた。お酒なしで歌うの?と真顔で質問され、今度は懇親会で、自然な形で飲んで歌って踊りましょう、とお誘い頂いた。鹿児島伝統の薩摩琵琶との共通点は「唄は先祖からの宝。金にはしない」という点だった。 私は種子島の数ヶ月後に、鹿児島県最南西の与論島に飛び込み調査に行くことになるのだが、種子島と与論島が、もはや外国なのではないかと感じるほど違うことを、この時は予想さえしなかった。与論から奄美大島、そして現在までの1年以上、連続で調査に伺っている喜界島へと繋がっていく。  鹿児島県は一大海洋国である。その音文化をじっくりと観察すると、薩摩琵琶の時も、今回の島唄・三線も、実に多くのことを知らせてくれる。政治、文学、思想、哲学、言語、自然、生活、、などを音という世界のみで表象している。地域の音文化を学ぶことをぜひ義務教育に加えてほしい。それについてはまた次回に。

30. November 2017
種子島から始まった島唄の調査は、私を奄美群島の最南端与論島、そして沖縄本島と導き、今年からは奄美大島と喜界島での集中的な調査へと繋がっている。実は2015年の「鹿児島伝統の薩摩琵琶」研究がきっかけだった。そもそも、日本独特の音表象の源泉に興味があって、様々な本を読んだのだが今一つピンと来なかった。そんな時に友人が鹿児島赴任となり、たまたまその友人を訪ねて遊びに行った最初の夜、薩摩琵琶がぶらさがっている店で食事をした、それが2012年の新年のこと。その直後から、鹿児島伝統(薩摩武士)の「薩摩琵琶」を研究することに。更に発展し、130年ぶりだという鹿児島伝統の薩摩琵琶への新作を作曲。「鹿児島の民衆の楽器三線も調査すべきだろう」と考え、ご縁があり種子島へ(写真は種子島到着時)。だが無知な私は種子島には三線は無い、ということを知らずに行ったのだった・・・。 今年は喜界島で計5回の調査を行った。この島のマンパワーは強く潔く明るい。キューバにずっと憧れて、行きたかったが、喜界島の人々と音楽に触れてから、ここももしかして音楽の島なのではないか?という思いが強まっている。 いずれまとめてご紹介したい。